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スイス 禅的リトリート 「清明」

「現代人の魂の疲労」

2023年、
第一回目の軽井沢での禅的リトリートから始まり、
スイスでも3年連続で参加し続けてくださっている久雄さん。

昨年に続き今年も、

3日間「全体性への回帰」
そして2日間「自分を生きる羅針盤」

両方に参加してくださいました。

そんな久雄ちゃんが、
禅的リトリートについて、
こんなにも深く鋭く言葉にしてくださいました。

単なる「感想」というより、

いまの時代を生きる私たちが、
なぜこういう時間を必要としているのか。

そんなことまで、
静かに照らしてくれている文章だと感じています。

もしよかったら、
ゆっくり読んでみてください🌿

__________

メールの受信欄は
「爆速で結果につながる3つのメソッド」とか
「AI時代に勝ち続けるための武器」など、
ウンザリするような広告の未読で溢れかえっていた。

「あなたは足りていない」

「このままでは勝ち残れない」

不安を煽られ、
自分ではない何者かになろうと
空回りし続ける虚しい日々に疲れていた。

思えば常に何かに追われて
生きてきたような気がしてならなかった。

走り疲れてふと立ち止まったとき

「自分って何者なんだろう?」
「何がしたかったんだろう?」

そんな根源的問いが
奥底からこみ上げて来るのを感じた。

生きるため、
棚上げにしてきた問い。

向き合うことを恐れ、
無かったことにしてきた問い。

禅的リトリートに出会ったのは、
ちょうどその頃だ。

禅的リトリートは、
「十牛図」をベースにしながらも、
禅・心理学・哲学等を手がかりに、
いろんな角度から己事究明の旅へといざなう静かな時間だ。

年々ブラッシュアップを重ね、
最近は3日間の「全体性への回帰」から、
仕上げの2日間「自分を生きる羅針盤」につながる
二部構成で行われている。

前半は主にシャドウ(抑圧してきた心の暗部)を扱うことで、
影を含んだ本来の自己を取り戻して行こうとする試み。

例えるならば、
上弦の月が目に見えない陰の部分を思い出すことにより、
全体の姿を自覚して行くようなものかも知れない。

後半は、
全体性を取り戻した自己が指し示す方角、
つまり羅針盤をしっかりと見定める時間となる。

たとえ不意の嵐に見舞われ、
方向を見失ったとしても、
本来の自己が向かおうとする
力強い確かなベクトルが
自ずと見えてくる。

進行役の小森谷浩志氏は、
講師というより
「水先案内人」という表現がしっくりくる。

それも凄腕の案内人だ。

船の舵を握るのは参加者自身だけど、
航路を適切にガイドしてくれる、
心強い旅の味方だ。

何気ない日常に違和感を感じ始めた人は、

「禅的リトリート」

という扉をノックする時期が
来ているのかも知れない。

__________

小森谷さんは、
私にとって
“本来の自己へ還る旅”を照らし続けている、
稀有な案内人のひとりです。

だからこそ、
私はスイスで
禅的リトリートを続けています🌿

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